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「浦上さん、そらあきませんわぁ〜。よ〜無事でしたな〜。私らでも近付いたら危ないて言われてますのに・・・。」 仕事仲間の彼に‘こないだ色々と考えさせられた事があったんですわぁ’と私が言った事に対するコメントだ。 決して興味本位で面白がって行ったのではない。遊び半分ではない。 職業の原点が見れるかもしれないし、生きていく必死さを体感できるかもしれない、そしてそこから講演や研修のネタを頂けるかも知れないと思って足を運んだ新今宮なのだ。 ‘高床式住居ストリート’を歩いた時に私の潜在意識が盛んに発してきた危険信号と、漠然とした背筋をゾクリと伝う恐怖感はホンモノだった。 感謝道を実践しつつ歩いたから無事だった私だが彼曰く、「スーツ姿で荷物なんか持って歩いてたらやられまっせ、追い剥ぎに。」と。 お、お、お、追い剥ぎ!? 既に昭和の死語だと思っていた‘追い剥ぎ’というワードに触れ、恐怖よりも笑いがムクムクと込み上げてきた。平成では時代劇くらいでしか触れ得ない言葉だ。 いや、いきなり襲われても勝てまっしゃろ〜と私は柔らかく反論した。 小学校時代に習った少林寺拳法と、中学校時代に部活で取り組んだ剣道と、大学時代に鍛えた大胸筋+上腕二頭筋があれば、渾身のローキックを膝のお皿に真正面からブチ込み、掌底を鼻と上唇の間に突き上げるように叩き込めば絶対に勝てると思ったのだ。打つべしッ!打つべしッ!打つべしッ! しかし私のその意見に対し、「いやいや浦上さん、相手は一人ちゃいまっせ。一気に集合して気が付いたら何十人に囲まれてボコボコですわ〜。凄まじい団結力でっせ。」と。 おぉ〜、恐ッ!そら勝てんわ・・・。 ‘知らぬが仏’とは言うが、よくぞ無事で通り抜けられた‘高床式住居ストリート’の徒歩5分、命懸けの散歩だった。 造幣局の桜の通り抜けのような風情とは違ったわい。 有り難う御座居ます、感謝。私の知らない世界を教えてくれた仕事仲間。 有り難う御座居ます、感謝。危険から身を守る不思議なオーラに包まれる感謝道の唱道効果。 有り難う御座居ます、感謝。真の事情を知るほどに尚更学びが深まった‘仕事があるだけで心から感謝’できる事。 |
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