『意を決してのカミングアウト Part.2』
昨日、『意を決してのカミングアウト』を書いたものだから、親しい仕事仲間たちに多大なご心配をかけてしまったようだ。沢山の激励メールを頂戴したことに嬉しさが溢れるのと、自分が必要とされている実感と、人様のお役に立たねばとの使命感が湧き立つ。
SDという病気は、確かに現代医学では治療法は確立されていない難病なのだが、私は自ら考案した発声法で乗り切っているのでご安心頂きたい。即日失声するわけではない。だから後20年は研修も講演も第一線で出来ると信じている。
私の発声法は『通鼻音(つうびおん)発声法』である。
これが専門的に存在するのかどうか知らん。私が自分の感覚で独自に身に付けたものだ。だから他の人には効くかどうか分からん。ただ私にはこれが一番合っているようだ。
声のプロに相談すると、最も一般的に指導されるのが『腹式発声法』である。
しかし私には、このコツがどうも分からんのだ。臍下丹田あたりにグッと力を込めて喋るのだろうが、理屈では分かっても実践で体得するのがどうも私には難しい。
なんやかんやと何十年も実験と検証を繰り返し、自分の身体の内なる声に耳を傾け、最終的に至ったのが通鼻音なのだ。
これは簡単に言うと、研修や講演での喋くり本番の際、鼻に意識を持って行き、音を鼻の中で響かせて発声するという感覚なのだ。声帯という楽器に意識を向けるでもなく、口腔内という楽器に意識を向けるでもなく、肺という楽器に意識を向けるでもなく、鼻という楽器が私には合うのだ。これは30代の頃、結婚式のMCをやっている時に自然に身に付いた記憶がある。
プロ野球の打者は、グリップ位置を1cm上げるだけで突如ヒットを量産したりする。プロ野球の投手は、肘の角度を5度変えるだけでスピードガンが2~3キロ上がったりする。どちらも見た目には分からないが、結果は数字として如実に表れる。
私が通鼻音を意識して喋っている工夫は誰にも分からないと思う。しかし私の中では、この発声法こそがSDという難病を克服する絶対無二の奥義なのだ。
ありがとうございます、感謝。ブログに即反応してくれ温かいメールを下さった仕事仲間たち。
ありがとうございます、感謝。多少のハンデを抱えているからこそ真剣な工夫を重ねれる我が天職。
ありがとうございます、感謝。今日も明日も声帯ではなく臍下丹田でもなく鼻に意識を持って行ける講演本番。
SDという病気は、確かに現代医学では治療法は確立されていない難病なのだが、私は自ら考案した発声法で乗り切っているのでご安心頂きたい。即日失声するわけではない。だから後20年は研修も講演も第一線で出来ると信じている。
私の発声法は『通鼻音(つうびおん)発声法』である。
これが専門的に存在するのかどうか知らん。私が自分の感覚で独自に身に付けたものだ。だから他の人には効くかどうか分からん。ただ私にはこれが一番合っているようだ。
声のプロに相談すると、最も一般的に指導されるのが『腹式発声法』である。
しかし私には、このコツがどうも分からんのだ。臍下丹田あたりにグッと力を込めて喋るのだろうが、理屈では分かっても実践で体得するのがどうも私には難しい。
なんやかんやと何十年も実験と検証を繰り返し、自分の身体の内なる声に耳を傾け、最終的に至ったのが通鼻音なのだ。
これは簡単に言うと、研修や講演での喋くり本番の際、鼻に意識を持って行き、音を鼻の中で響かせて発声するという感覚なのだ。声帯という楽器に意識を向けるでもなく、口腔内という楽器に意識を向けるでもなく、肺という楽器に意識を向けるでもなく、鼻という楽器が私には合うのだ。これは30代の頃、結婚式のMCをやっている時に自然に身に付いた記憶がある。
プロ野球の打者は、グリップ位置を1cm上げるだけで突如ヒットを量産したりする。プロ野球の投手は、肘の角度を5度変えるだけでスピードガンが2~3キロ上がったりする。どちらも見た目には分からないが、結果は数字として如実に表れる。
私が通鼻音を意識して喋っている工夫は誰にも分からないと思う。しかし私の中では、この発声法こそがSDという難病を克服する絶対無二の奥義なのだ。
ありがとうございます、感謝。ブログに即反応してくれ温かいメールを下さった仕事仲間たち。
ありがとうございます、感謝。多少のハンデを抱えているからこそ真剣な工夫を重ねれる我が天職。
ありがとうございます、感謝。今日も明日も声帯ではなく臍下丹田でもなく鼻に意識を持って行ける講演本番。
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