『死んでいく辛さと生かされる辛さ』

信頼する姫路の耳鼻咽喉科に行った。先日書いた声帯治療の件だ。
素人判断では声帯ポリープを疑い、もしそうなら人生2回目の全身麻酔下での手術となり、年末年始の研修本番の谷間で行うしかないと覚悟していた。

しかし内視鏡で見ると、どうやらポリープではなかったので安心した。これで仕事に穴を開けなくて済む。
結局、声帯酷使による炎症とのことで、私の目で見ても可哀相に声帯ちゃんは真っ赤に充血し腫れ上がっていた。

今回は‘キュバール100エアゾール’という吸入薬と抗炎症剤の内服薬を処方されたのだが、信頼する先生は「浦上さん、今後のことを長い目で考えたら、ポケット吸入器を買った方がええと思いますよ。プロ歌手や声楽家は持ち歩いて、常に声帯を乾燥させない工夫をしてますから」とアドバイスくれた。
電池で動くので出張にも持ち運べるらしい。今回が完治すれば(いや絶対に月曜までに完治させなアカンのや!)考えてみよう。

そんな中、耳鼻咽喉科の待合室ではヒューマンウォッチングに勤しんだ。
平日の昼間から病院に行くのはお爺ちゃんとお婆ちゃんがほとんどで、50前の私などメッチャ若者の部類だ。

他愛のない会話が聞こえてくる。
その中で、「私、こないに長生きするとは思わへんかった」とボソッと言った声が聞こえてきた。チラ見すると80代と思しき老婆である。
その言葉のニュアンスが、‘長生きできて良かった~!’とのポジティブなそれではなく、明らかに‘こないに長生きしてしもて、もうしんどいわ・・・’とのネガティブなニュアンスだった。

‘喜んで生き、喜んで死ねる人生’が最高に幸せなのであって、老いさらばえて薬で生かされる長生きは、ある種の地獄なのだと気付かされた。死んでいく辛さもあるが、生かされる辛さもここにはある。

ありがとうございます、感謝。自分も辛いが周囲にも迷惑をかける長生きのデメリットに気付けた待合室。
ありがとうございます、感謝。私の人生も孫が一人見れたらもう静かに終えたいものだと願えた待合室。
ありがとうございます、感謝。父親の死んだ69歳という年齢がますますカッコ良く感じられた待合室。

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