『肺の存在』
昨日、ふと点けたテレビでやっていたのが、呼吸器系手術のスーパードクターのドキュメントだった。
神の手を持つこのドクターをすがって、肺の病を持つ患者さんが全国から押し寄せる。
それは肺癌の場合もあれば、肺の細胞が硬直していき、やがて絶命するという難病の場合もある。
摘出手術もあれば、生体肺移植という超高難度のスキルを求められる手術もある。
様々な患者さんにスポットが当てられた番組だったが、私の心をひときわ釘付けにしたのが、29歳の綺麗な女性患者さんだ。見た目には健康そうに見えるこの方の病は、肺の細胞が最終的には機能不全になる難病らしく、治療法は生体肺移植しかないと番組で紹介された。
肺を提供するのは、この患者さんのお母様と叔母様だ。片肺ずつ提供して彼女を救う決断をされた。
無条件で自らの肉体の一部を提供する行為が私には出来るだろうか?との思いがよぎった。
結論は・・・、息子と娘以外には出来ない。彼らにだけは出来る。何でも出来る。
しかし、それ以外の人には出来ない。これはどう考えても、器の小さい私では無理だ。
結果、手術は大成功し、番組では数ヵ月後の患者さんの元気なお姿、そして肺を提供されたお母様と叔母様の姿も映し出す。無償の愛を提供された二人のご婦人から、後光のようにキラキラ輝くオーラが画面越しにも伝わってきた。
そして更に印象に残ったのが、‘呼吸に感謝する’患者さんの素晴しい笑顔だった。
闘病体験は人生観を根底から覆す。
私も昨年の3月26日以来、様々な人生観のブレイクスルーが起こったものだ。
きっとこの患者さんは、我々健康人間にとって当たり前の‘呼吸’という行為を‘奇跡’と捉えて、今後生きていかれるのだろう。
我々が普段は意識しない一呼吸一呼吸は、この方にとって‘生の実感’であり‘お母様と叔母様への感謝’として、今後刻まれていくのだろう。
今日から私も、呼吸という単純な行為に深い意識を持って過ごしてみようと思った。
ありがとうございます、感謝。今まで意識していなかったが、ちゃんと動いてくれていた肺の存在。
ありがとうございます、感謝。これから意識することで、ますますちゃんと動いてくれるだろう肺の存在。
ありがとうございます、感謝。人には真似できぬ凄技を駆使する人情味あふれるスーパードクター。(私の執刀医は、人情味よりもクールで繊細な正確さを持つ印象だった)
神の手を持つこのドクターをすがって、肺の病を持つ患者さんが全国から押し寄せる。
それは肺癌の場合もあれば、肺の細胞が硬直していき、やがて絶命するという難病の場合もある。
摘出手術もあれば、生体肺移植という超高難度のスキルを求められる手術もある。
様々な患者さんにスポットが当てられた番組だったが、私の心をひときわ釘付けにしたのが、29歳の綺麗な女性患者さんだ。見た目には健康そうに見えるこの方の病は、肺の細胞が最終的には機能不全になる難病らしく、治療法は生体肺移植しかないと番組で紹介された。
肺を提供するのは、この患者さんのお母様と叔母様だ。片肺ずつ提供して彼女を救う決断をされた。
無条件で自らの肉体の一部を提供する行為が私には出来るだろうか?との思いがよぎった。
結論は・・・、息子と娘以外には出来ない。彼らにだけは出来る。何でも出来る。
しかし、それ以外の人には出来ない。これはどう考えても、器の小さい私では無理だ。
結果、手術は大成功し、番組では数ヵ月後の患者さんの元気なお姿、そして肺を提供されたお母様と叔母様の姿も映し出す。無償の愛を提供された二人のご婦人から、後光のようにキラキラ輝くオーラが画面越しにも伝わってきた。
そして更に印象に残ったのが、‘呼吸に感謝する’患者さんの素晴しい笑顔だった。
闘病体験は人生観を根底から覆す。
私も昨年の3月26日以来、様々な人生観のブレイクスルーが起こったものだ。
きっとこの患者さんは、我々健康人間にとって当たり前の‘呼吸’という行為を‘奇跡’と捉えて、今後生きていかれるのだろう。
我々が普段は意識しない一呼吸一呼吸は、この方にとって‘生の実感’であり‘お母様と叔母様への感謝’として、今後刻まれていくのだろう。
今日から私も、呼吸という単純な行為に深い意識を持って過ごしてみようと思った。
ありがとうございます、感謝。今まで意識していなかったが、ちゃんと動いてくれていた肺の存在。
ありがとうございます、感謝。これから意識することで、ますますちゃんと動いてくれるだろう肺の存在。
ありがとうございます、感謝。人には真似できぬ凄技を駆使する人情味あふれるスーパードクター。(私の執刀医は、人情味よりもクールで繊細な正確さを持つ印象だった)
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