『性格変換』

吉村達也という初めて知った作家が書いた「性格変換」。
いつものごとくフラリと立ち寄った本屋で見つけた。
これも感謝道の功徳か。必要なタイミングで必要な本に出合わせてくれる。

「‘目は口ほどに物を言う’ならば‘声は顔ほどに人柄を伝える’」とは私が研修でよく‘プレゼンのコツ’として受講生の方に紹介しているフレーズだが、この小説の中に非常にインパクトがあるフレーズが出てくる。

だから小説はノウハウ本よりも学びの宝庫なのだなぁ。
偉い人が‘こうあるべき’などと書いてあるものよりも、親近感のある登場人物のセリフとして書いてあるセンテンスの方が心に残る濃さが違う。大いなる共感をもって直線的に入ってくる。感情移入できるので記憶に鮮明に刻まれる。

こんなセリフだ。
「人の性格ってのは顔に出るんだ。その反対に、顔が人の性格を作るんだ」
う~ん、なるほどなぁ~。深いなぁ~。

外見である程度の‘あきらめ’が心を支配してしまうと、思い切って性格を変えようとの前向きなチャレンジ意欲が減退するものだ。
さらに、この外見だからこんな性格にならざるを得ないというパターンもある。

私は幼い頃から髪の毛に対するコンプレックスは人一倍だった。
中年になって禿げてしまったが、髪の毛があった頃は異常なクセ毛だった。どうにもまとまりが悪く、セットするのが一苦労だった。
そして高校時代、チリチリのクセ毛をまとめようとオールバックにした。
するとチリチリのオールバックなので、パンチパーマが伸びてリーゼントになったような髪型になった。
その髪形に合わそうとして眉毛を剃った。
その眉毛に合わそうとして鏡に向かってメンチを切った。
そのメンチに合わそうとして肩を揺らしてがに股で歩くようになった。
その歩き方に合わせて「なんちゃってヤンキー」になった。
もし私の髪の毛という外見が異なっていたら性格も異なっていたはずだ。

就職活動の時、森村誠一に憧れてホテルマンになる道も視野に入れた大学4年生だった。
しかし、クセ毛だからホテルマンにはなれないと一人思い込んで断念した。
ホテルマンは真っ直ぐな毛で7:3に分けた清潔感ある髪型でないとなれないと思い込んだ。
もし私の髪の毛という外見が異なっていたら職業も異なっていたはずだ。

生き方が外見に出るものだが、外見によって生き方も決まってくるのだ。

そんな事を考えさせてくれるきっかけになった「性格変換」。
ブログによって主人公が分裂の深みにはまって行くのだが、‘書き言葉と話し言葉が人間は異なり別キャラを演じるものだ’とのくだりは、ネット社会の恐ろしさを突いていたし、ラストシーンのくだりは、背筋が凍る立派なサスペンスだった。
電車の中での読書中、私は人間の心の奥底に巣食う悪魔を垣間見て、思わず車内の乗客を見渡してしまった。

ありがとうございます、感謝。存在を知らなかったが私の中で俄然大きな存在感になった吉村達也。
ありがとうございます、感謝。書き言葉と話し言葉が同じである自分のブログ習性。
ありがとうございます、感謝。ネットの深みにはまりたくてもはまれない自分のアナログ習性。

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この記事へのコメント

2007年06月09日 23:39
小泉麻耶退学騒動の裏にはこんな事が。。。。