研修講師〜『浦上俊司の感謝ブログ』

アクセスカウンタ

zoom RSS 『たかが名刺入れ、されど名刺入れ』

<<   作成日時 : 2017/07/20 08:36   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

25歳から3年間は一部上場企業に籍を置いていた。不安定なピン芸人である今から思えば、仕事せんでも固定給が自動的に振り込まれる超安定企業でのぬるま湯生活だった。仕事に対する姿勢は腐りきっていた私だが、大阪の営業チームのメンバーは全員大好きだった。その中でも特に、4月から配属されてきた新入社員を可愛がっていた。私が憧れて憧れて行けなかった関学出身ということもあり、まるで弟のように可愛がった。

当時は独身貴族だった私、休日にはプロレス会場に足を運び、住之江競艇で予想屋の口上を学び、平日も夕方から浴びるように飲み、終電まで麻雀に興じる日々だった。その全ての遊びに付き合わせたのが彼だった。本当にいいヤツで、関西人特有のお笑いDNAを宿しているので私と気が合って共鳴し合う何かを感じていた。

彼の結婚式の司会までさせてもらった仲だったが、仕事が変わり(彼は今も在籍中)、環境が変わり、生き方が変わり、徐々に疎遠になってしまい、気が付けば20数年が経っていた。

その彼とひょんなことから連絡を取り合い、久々の再会を果たした。あの頃22歳で、顔に幼ささえ残していた彼も早50歳のオッサンだ。もちろん私も同じペースで歳を重ねている。髪の毛以外は変わっていない私を懐かしそうに見つめる彼の表情、お互いに記憶の断片をジグソーパズルのように埋め合わせていく楽しき作業、あの人は今シリーズで話に花が咲き、気が付けば3時間ほど話し込んだ。

別れ際に再会を約束し、今の彼の名刺を貰おうとした。上場企業の課長にまで出世した名刺の役職に目を奪われつつ、もっと心を引いたのが名刺入れだった。

なんと彼は20数年前、私が使っていた名刺入れを今も大事に使ってくれていたのだ。私自身は全く覚えていなかったが彼は言った。
「この名刺入れ、覚えてはります?浦上さんが最後に、‘これ、お前にやるわ’とくれたんです。あの時これを一生使おうと決めたので今もそれを守ってますねん」

懐かしさと嬉しさがギュッと濃密に詰まったボロボロの名刺入れ、そこに彼の人柄が刻み込まれているかのように感じた。

ありがとうございます、感謝。たった3年ほどだったが濃すぎる日々だったと振り返る20代の青春
ありがとうございます、感謝。「与えしことは忘れども、受けしご恩は忘るべからず」の教訓が染み入る今。
ありがとうございます、感謝。同窓会熱が高まり、なんとかして連絡網を構築しようと思う今。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『たかが名刺入れ、されど名刺入れ』 研修講師〜『浦上俊司の感謝ブログ』/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる