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自分の本の売れ行きが気になって書店へ足を運ぶ。 ‘営業’の棚に残る在庫を発見し、背表紙を撫で、心の中で‘売れまくってくれて、ありがとうございます、感謝’と呪文を送る。 平積みになってPOPでド派手な宣伝をしてくれる1ヶ月ほどが過ぎ、今は静かにチョコチョコと売れていると出版社の編集長から聞いた。 足が自然に向かうに任せていると、‘話題書’の棚の前に立っていた。 タイトルが強烈だったので、思わず手に取った。 「なぜ君は絶望と闘えたのか」 ‘俺も絶望と闘ってるんじゃッ!心の中の大半を占めるこのドス黒い嫉妬心と、全てが崩れていく喪失感との闘い方を教えてくれッ!’と内なる声のシャウトに任せて、まるで救いを求めるかのように買った。 何かスッキリできるヒントを探し求めたい。 咽がカラカラになるような枯渇感から一日も早く開放されたい。 人生やっぱりオモロイなぁ〜と本来の私に戻りたい。 そんなモヤモヤから、この本との出会いがあった。 以前このブログでも触れた本村洋さんだ。 結論から言えばスッキリできるような内容とは程遠く、犯人への怒りが倍増する事になるのだが、自分の抱える絶望が、まだまだ小さくレベルの低いものなのだとの実感は得た。 世の中に存在する‘絶望の形’は様々な大きさと深さと種類がある。 私のそれは大したものではないのだ・・・・、と思い込みたい。そう思える心の器が欲しい。 ありがとうございます、感謝。感謝道の原点である‘もっと最悪な状況の仮設’をしてくれた本村さんの本。 ありがとうございます、感謝。絶望感を持つに充分すぎる現場発見の描写。(これに比べたら私のは大したものではない) ありがとうございます、感謝。‘君は闘う上で、あくまでも労働と納税をしている社会人たりえなさい’との本村さんの上司の言葉。 |
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