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人間関係で揉めているとする。 人生困難の三本柱‘貧(ひん)・病(びょう)・争(そう)’の争である。 人は自分中心に物事を考えてしまう悲しい生き物だ。 人は相手の幸せよりも自分の幸せを優先してしまう情けない生命体だ。 それでは本当に生き甲斐のある人生を送れない、と魂レベルでは分かっちゃいるが、魂の周りを泥が包み込んでいるがゆえ、自分中心になってしまうのだ。この泥を取り除いていくのが心を磨く修行になるわけだ。 私は凡夫で修行半ば、悟りの境地などへはとんでもなく遠い位置にいるが、心掛けている事はある。 それは、自分の肉体から心を幽体離脱させて相手の肉体へ入って行き、相手の心に入我我入するイメージである。 相手の肉体に入り込めば、相手の眼球になれる。 その眼球で私を見るのだ。 嫌な奴だ。 う〜ん、実に嫌な男だ。 相手の肉体に入り込めば、相手の心になれる。 その心で私を感じるのだ。 自分勝手な奴だ。 う〜ん、実にわがままなオッサンだ。 そうしてひと通り自分観察を終えてから、私の肉体に私の心を帰還させる。 すると、様々な気付きがあるのだ。 この器用な作業を普通に会話しながら並行してやるのだ。マニアックにだ。 ハードルは高いが、やってみるとなかなか面白いぞよ。マニアックさに笑けるぞよ。 ありがとうございます、感謝。様々な実験を繰り返し、答えを出したいと熱望する俯瞰法。 ありがとうございます、感謝。答えを導き出せれば研修や講演で熱く語れるとのモチベーション発露。 ありがとうございます、感謝。昨日も今日も俯瞰法を使わざるを得ない厳しい環境。 |
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