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今回こそは来てくれると思っていた。‘ハマの番長’こと三浦のFA移籍だ。 横浜ファンの温かい声援に心引かれてしまったのだろう、律儀な三浦らしく残留になった。 三浦のお父さんは‘岡田会’の熱心な会員だったと聞くし、彼自身も現役時代の岡田影布のファンだったとあれば、阪神移籍に大きな壁は無いと楽観視していた。 しかし、ここで微妙に影響を及ぼす人事があった。監督交代である。 もはや前しか見ていない我々‘虎キチ’は、真弓監督胴上げだけを目標に見据え、3月の開幕を心待ちにしているが、もし岡田監督なら三浦は来てくれたかも知れぬ。 もし阪神が優勝していたら、来シーズンは確実に岡田政権が続いていた。しかし現実は優勝を巨人にカッさらわれ、真弓政権が誕生した。 もし三浦のFAが一年早ければ、岡田監督の下で投げたいとの夢を貫いて、縦縞の18番に袖を通していた可能性大である。しかし現実は岡田さんはスーツ姿になった。 野球に「たら」「れば」は禁物であるが、‘時間のズレ’と‘人との出会いのタイミング’に様々な学びを得る。 ‘プロ野球は人生そのもの’という格言が、深い実感を伴って迫ってくるからだ。 「人生は人との出会いによって決まる。そして、出会う準備が出来た時に、出会うべき人に出会う」とは私の持論であるが、三浦にとって岡田監督とのニアミスは吉と出るのか凶と出るのか、それは来年の秋まで分からない。 これで、又もや‘敵’になってしまった番長だが、彼のスジを通そうとする生真面目な性格に好感が持てたFA劇だった。あっさり移ったノリとは、えっらい違いや。 ありがとうございます、感謝。社会人としてのスジを通した背番号18。 ありがとうございます、感謝。出会うべき準備が出来ていないから、まだ出会えない‘出会うべき人’。 ありがとうございます、感謝。出会うべき準備が出来た時に、きっと出会えるであろう‘出会うべき人’。 |
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