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人それぞれ、人生における悩みは千差万別だ。 人それぞれ、顔の造作が違うように悩みも人によって全く違う。 人が人生の困難にブチ当たり、宗教に救いを求める三大動機は‘貧・病・争(ヒン・ビョウ・ソウ)’だと聞くが、まさに三種とも本人にとっては他人が想像できぬほど非常に辛いものだ。 一番キツイのは誰が何と言おうと‘貧’である。 味わったことの無い人には分からんだろうが、借金地獄はどんな地獄よりも恐ろしい。 私は30代でその地獄の住人だったから、その凄まじいほどの恐怖がよく分かる。 お金が無くなった時に心の安定まで確実に無くす。 優しさとか思いやりとか社会貢献だとか人間としての正しい生き方とか、それら全てが木っ端微塵に砕け散る。 目の前の金利灼熱地獄から解放されるのであれば、善悪の判断さえも見失うほど凄まじい。 金利に追い込まれた人間は何をしでかすか分からん。 まことに、世におけるお金の力は絶大無比で何者をも黙らせる。 世の99%の問題は、全てがお金で解決できるのだから当然の理である。 さて、‘貧’についての問題は、天職に巡り合えさえすれば頑張ってお金を稼いで解決できる。 ‘病’についての問題は、質のいいサプリメントを摂取すれば確実に縁を切れる。ただ、質の高いサプリメントを摂取するためには‘貧’と縁を切っておく事が前提ではある。 では、‘争’についてはどうか。 これは相手のある事だから問題の根が深い。 研修で出会う受講生の方々が抱えているのは、嫌な上司との軋轢問題だ。 私には上司も部下もいないのだが、似たような問題を抱えているので根本真理は同じだと思い、いつも申し上げる思考方法が「選ばれし者思考」である。 まず第一に、どんな理不尽な事も一旦は無条件で受け入れてみる。 誠心誠意相手のために尽くしきって、思いやりを運んで、自己犠牲を厭わず、全力を捧げた結果、返ってきた仕打ちが襟元に冷水を浴びせかけられるようであっても無条件で受け入れる。 砂利を噛むような苦しさが伴うが、やってみる。悔しくて堪らんがやってみる。 決してヤケクソにならず、怒りの感情に任せて暴走せず、冷静で穏やかで微笑をたたえてデカイ心の器で無条件に受け入れる。 そして第二に、ここまでの仕打ちを受けるのは自分が天から選ばれし者で、それに伴う心の器が備わっているからこそなのだと思うよう努力する。そこまで思えたらもう大丈夫だ。 困難に立ち向かっている自分の姿を客観的に観察できて楽しめたらもう大丈夫だ。 乗り越えられない困難は、お願いしても天は与えてくれない。 強烈で理不尽な困難を与えてくれているのは、天から選ばれしデカイ心の器を持っているからなのだ。 ありがとうございます、感謝。‘争’の解決方法をマニアックに研究できる日々。 ありがとうございます、感謝。‘私にはツキがある’の肯定的錯覚と同じくらい効果がある‘私は選ばれし者で、私にはデカイ心の器がある’の思い込み。 ありがとうございます、感謝。人生の諸問題‘貧・病・争’に総合的に立ち向かえる感謝道。 |
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