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出張が無くて姫路に居る時は、時間が許す限りお寺に足を運ぶ。私の卒園した幼稚園だ。 親鸞聖人像に合掌させて頂き、心ばかりの浄財をさせて頂いた後は、ご宝前に上がらせて頂いて、40年間全くお姿の変わらない阿弥陀如来様に三礼で感謝を捧げる。 今日まで何度も危うい瞬間があったにもかかわらず無事に生かされてきた事、私の宝である息子と娘をいつも‘大いなる何か’が、ガッチリと守護してくださっている事、健康を頂いて好きな仕事で世のお役に立てる事、・・・・阿弥陀如来様の御前に正座させて頂いて心での対話を重ねると、限りなく‘感謝の意味付け’が泉の如く湧いてくる。 入我我入で仏様との一体感を味わえる空間だ。 約5〜6分の‘仏様との声なき対話’を終え、姫路駅に向かおうとしたところ、顕在意識とは反対の方向に潜在意識が私の足を動かした。 自然に任せて歩いてみると到着したのは、お寺のすぐ裏にある産婦人科だった。 看板は相当古くなっているものの、はっきりと読める「吉中助産院」の文字。 そう、私が生を受けた産婦人科病院である。 立ち止まって目を閉じた。 ・・・数分経った。 ・・・すると、私の意識がフッと昭和38年11月19日へと遡って行った。 妙〜に、不思議な感覚だった。確かに道に立っているのだけれどフワフワしたクッションの上のようだった。 ・・・気が付くとスーツ姿で立っている平成18年10月19日の私の姿を上空から「本当の私」が俯瞰で見下ろしていた。 そして道に面した助産院だけが昭和38年の白黒写真のようになっているのも見下ろせた。 ・・・なんとこの後、その白黒写真のような助産院から赤ちゃんの産声が「オギャァ〜オギャァ〜」と元気良く聞こえてきたのだ。 私は驚きで、しばらく口をポカーンと開けてしまった。 その瞬間、しばらく上空にいた「本当の私」が平成18年の私めがけてグイッと入っていった。 あれは空耳だったのか、幻聴だったのか。あの赤ちゃんの産声は私のものだったのか、偶然いた実際の赤ちゃんのものだったのか。 分からない。 しかし錯覚であれ超常現象であれ、少なくともあの体験で私は「生を受けた感謝」を、親や、ご先祖様や、取り上げてくれた吉中先生へ向けて深められたのは真実なのだ。 究明しても正解は得られない「目に見えない世界」の真偽を問うよりも、そこから生じる「現実の心の安定」に目を向けよう。 有り難う御座居ます、感謝。必然の如く現出した不思議現象。 有り難う御座居ます、感謝。赤ちゃんの産声を聞いた時、両親のこぼれるような笑顔を思い出せた事。(眩しい光の中で両親は笑っていた) 有り難う御座居ます、感謝。至高体験を味わうために空いていたスケジュール。 |
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