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中村天風師は「信念こそが、自らの人生を力強く颯爽と明るいものにしていく生命の力なのだ」と仰った。 私の信念は‘輪廻転生’と‘感謝道’と‘辛抱貯金・幸福満期’の3つである。 つまり、この世に生を受ける時、魂の状態で自ら設定した‘人生の試練’を持って、地球という修行道場に訪れる。 そして魂を進化向上させていくために予め設定しておいた試練に立ち向かい、悩み苦しみながらも知恵を絞って乗り越えていく。 それが感謝道の実践によって、試練から得られる進化向上の‘質’はキープしながらも、試練の‘深さと厳しさ’は緩和される。 つまり‘苦行’が‘楽しき修行’にゆるやかに変化していく。 しかし、人生の辛く厳しい試練に黙って耐えて我慢し、諦め、まさに心の中は‘忍耐’と‘諦念’に支配された時には、そのエネルギーは何処か大いなる所へ‘辛抱貯金’され、やがていつの日か満期になった時、‘幸福満期’となり、頭上には幸福の嵐が降り注ぎ、もはや止むことは無い。 「人生やっぱり捨てたもんじゃない!生きてて良かった!」と、しみじみ過去の地獄を回顧できる。 晩年には最高の人生が保障されているから、今よろこんで辛抱を貯金できるのだ。 と、こんな仕組みを‘仮説’ではあるが自分の信念、つまり‘生きていくための心の杖’にしている。 しかし最近ではこのブログを公開していることもあり、周囲がうるさい時がある。 この杖をバカにする人もいるし、心無い意見が飛び込んでくる時もあるし、この杖の科学的根拠を問いただしてくる人もいる。(ちなみに問われても私には分からない。ただ、真理なのだろうと私が勝手に信じているだけなので) まことに十人十色、それぞれの人生観があってしかるべし。この杖になど頼らず自分の感覚だけを哲学の根本にして生きていくのもすばらしい自由だ。 つまり信念とは、周りや他人がどう言おうとも、周囲の評価など気にせず、自分の信じたものを譲らず燃やし続ける事だと思う。 それが何であっても、信じた杖によって心豊かに生きていけるなら良いわけだ。 私は自分の杖を大切に扱い、磨き、手入れして、折れないように持ち続ける。 ありがとうございます、感謝。人それぞれの価値観と信念。 ありがとうございます、感謝。‘四十にして惑わず’の如く、42歳にして揺れ動かなくなった自分の信念。 ありがとうございます、感謝。この単純な3つの杖に至るまであらゆる精神世界に首を突っ込んできた今までの好奇心。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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<つまり信念とは、周りや他人がどう言おうとも、周囲の評価など気にせず、自分の信じたものを譲らず燃やし続ける事だと思う。> |
闘魂多田 2005/12/05 16:29 |
闘魂多田さん、コメントありがとうございます。信念を持つことは力強く生きていくためには不可欠ですが、‘信念を持つ’=‘頑固になる’と陥らないように私は気をつけています。いつも微笑を浮かべ他人の意見に「うん、うん、なるほど〜」と相槌を打てる柔軟さを有しつつ、自分の信念から外れる意見は速やかにに削除バーを脳の中でクリックしています。人との摩擦を避けつつ、自分の中の炎と燃ゆる信念に従って生きて行きたいもんですな。 |
浦上俊司 2005/12/05 18:59 |
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