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タクシーに乗った。 後ろから見るドライバーの左顔面に見覚えがあった。 記憶の片隅に埋もれているパズルをはめたくて、必死に思い出そうとするが出てこない。 ドライバーはそんな私の逡巡など気にも留めず、真正面を向いて黙々とアクセルを踏んでいる。 あまり話し好きなタイプではないらしく、行き先だけ聞くと、後は何も話し掛けないでくれと言わんばかりの‘会話拒否オーラ’がハンドルを握る後姿から漂ってくる。 記憶のウズウズを早く処理したくて、助手席の前に立てかけてあるドライバーの顔写真を見た。 タクシー会社に入社した頃は、彼は丸坊主だったらしく、ニコリともせずカメラを睨み迫力満点で写っていた。 記憶の端にある会った事のあるはずのドライバーのイメージがさらに遠のいていく。 そんな‘恐い系’の職業ではなかったはずだ。やっぱ人違いか・・・。やっぱ他人の空似か・・・。 数十分が経った。 数キロ走った。 町並みの風景に楽器屋の看板が目に入った・・・。 その時、記憶のジグソーパズルがピッタリと、はまった。 彼はピアノ奏者だ。 10年以上前、私が結婚式の司会業で喰っていた頃(あの頃は毎週土日だけで3〜4本の披露宴をこなしていたなぁ)、たまにご一緒したピアノ奏者だ。 当時は結婚披露宴には、プロ司会者とセットでBGMはピアノ奏者が入っていた。 いい仕事をする人だった。 新郎新婦の動きに合わせ違和感なく、そして‘音’が必要以上に自己主張することなく、会場全体を穏やかに‘音色’で包み込むことができるスキルを持った奏者だった。 楽器には全く疎い私には、彼の指先が叩く鍵盤から奏でられる‘音のマジック’に畏敬の念を抱いていたものだ。 この数十年で、一体何があったのだろう・・・。 もちろんタクシードライバーは立派なお仕事だが、彼の腕前なら披露宴の仕事が減ってもピアノ教室とか、夜のバーのBGM奏者とか、音楽畑で喰っていけただろうに・・・。 人生の栄枯盛衰の一端を垣間見た。 結局、私は降りるまでドライバーに語りかけることなく降車した。丸坊主の理由を知りたい衝動を押さえつつ。 ありがとうございます、感謝。一方的だったが数十年ぶりの再会。 ありがとうございます、感謝。数十分で数十年の出来事が蘇ったこと。 ありがとうございます、感謝。行列待ちせず乗れたタクシー。 |
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